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相模川恋唄(未完) 2話

相模川恋唄(未完) 2話

長谷川は、いつものような爽やかな笑顔でそこにいた。
すごい、偶然。
何かしゃべらなきゃ。
そう思ったが驚きすぎて言葉が出てこない。
そのまま二人はエスカレーターで地下に運ばれていった。

エスカレーターを降りると、和子はようやく口を開いた。
「いやー、偶然ですね、びっくりしました。」
和子の顔はまだ驚きで少しこわばっていた。
長谷川はそんな和子を見て楽しそうに笑った。
「僕、よくここ来るんですよ、いい酒屋があるんで。」
「えっ、もしかしてあの店ですか?」
たしかこの地下には酒屋はひとつしかない。
和子が常連のあの店だ。
「あの店ってあの店ですよね?和子さんも知ってるんですか」
長谷川も同じ店を知っているのか。和子の胸は高鳴った。
「かなり常連です。」
「本当?僕もですよ。ほぼ毎週。じつはかなりニアミスしてたんですね。」
二人の足は、酒屋に向かっていた。

突然常連が揃って現れたので、酒屋の店長は、とても驚いていた。
そして店長に勧められるがままに、二人は同じ日本酒を買って店を出た。

「長谷川さん、今日はひとりなんですか?あの、その、奥さんは?」
「うちのは、土曜日も仕事なんです。日月休み。」
そういえば長谷川さん、一人でケーキを食べにいくって言ってたっけ。
それも土曜日に一人だからなのかな。
「奥さん休み合わないといろいろ大変じゃないですか?」
「そうですね、土曜日は大体ここでお酒買って、僕が夜ごはん作るんです。それ食べてお酒飲んで、映画のDVD見たり。」

それは、和子の土曜日の過ごし方によく似ていた。
あっ、私と同じですね。和子は言おうとして押し黙った。
ヒロカズは、彼氏ではない。誰かに話して理解される関係ではないのだ。
心臓が少し、ちくりとした。それを隠そうと満面の笑顔で話を続ける。

「えー、奥さんのために料理するなんて長谷川さんすごいですね。」
「いやいや、すごくないです。普通のものしか作れないですよ。」
長谷川の照れた笑顔がまぶしかった。
奥さん、うらやましいな。きっとあれだけ仕事のできる長谷川さんは料理も上手いはずだ。
そんな夫婦に、愛情関係に和子は憧れた。

長谷川は続けた。
「そうだ、時間あるならせっかくなんでお茶でも飲みませんか。いいパフェの店があるんです。」
パフェ。
和子は思わず吹き出してしまった。40過ぎのかっこいい上司が、パフェ。
長谷川さん本当に甘いもの好きなんだな。

「時間あります。連れてってください。あ、でも仕事の話は無しでお願いできますか?」

考えるより先に、口が勝手に動き、和子は承諾してしまっていた。
「僕、会社一歩出たら仕事のこと忘れちゃうんで話したくても話せないです。」
長谷川は、とても、楽しそうだった。

会社の上司と海老名でばったり会い、二人っきりでお茶を飲む。
和子にとっては勿論初めての経験だった。

長谷川さん、かっこいいし、愛する奥さんがいるのに自分なんかと二人でパフェ食べるなんて、いいのかな。
和子は少しだけ思ったが、長谷川とパフェの組み合わせへの好奇心が先に動いていた。

また鼻にクリームくっつけたりするんだろうか。
パフェを食べる長谷川。会社の誰も知らないその姿。

その喫茶店は裏通りにあり、やたらと主張の激しいパフェがメニューに並んでいる。
長谷川は迷わず巨大なパフェを注文し、和子は小さなケーキとコーヒーにした。
さすがに辛党の和子が巨大なパフェに耐えられるはずがない。
長谷川は、細いスプーンをあやつり、嬉しそうに生クリームをすくって食べていた。

長谷川さん、手が大きいなぁ。

和子は思わず見つめてしまった。
じっと異性の手を見ることなんて普段の生活ではあまりない。
そういえば、毎週のように触れ合っているヒロカズの手ですら、どんな大きさなのか思い出すことができずにいる。

長谷川さん、この大きな手で料理するんだ。きっと美味しいんだろうな。

二人の話題は海老名の街のあれこれについて。
まだ引っ越して二年なのに、長谷川はこのあたりの店にとても詳しかった。おいしい豆腐屋、中国茶の品揃えがすごい店、本屋、なんでも知っている。
学生時代から10年以上隣の座間で暮らしている和子よりも長谷川のほうが海老名を知っているのではないか、というほどに。
家がある本厚木で買い物すればいいのに海老名までわざわざ電車で来ているのは何故だろう。和子は思った。
本厚木のほうが街としては大きいし、何でもあるように思うが。

「長谷川さん、本厚木には行かないんですか?なんでわざわざ海老名まで。」
「あー、言われると思いました。」
長谷川は照れくさそうに笑った。そして続けた。
「本厚木からここまで、いつも歩いて来るんです。」
「えーと、間に厚木があるから、二駅歩くんですか?」
「そうなんです。まあ、すぐですよ。」

何故わざわざ歩くのか。何かのトレーニングなのかな。

「それは健康のためとかですか。」
「あ、それもあるんですけど、相模川渡るのが気持ちよくって。」

相模川。

長谷川の口からその単語が出て来るとは意外だった。
その川は小田急の厚木駅と本厚木駅の間を流れている。山中湖から相模湾まで約113kmの大きな川だ。
座間に住んでいる和子は滅多に厚木方面には行かないが、時折電車で通過するとき、薄暗い車内が相模川のきらめきに照らされてぱっと明るくなるのをよく覚えている。ただ、歩いて渡ったことは一度も無い。

「大きいですよね、相模川。」
「そうなんですよ、毎朝毎朝電車で渡ってるんですけど、朝日に照らされてなかなかいい風景です。歩いてみようかなと一度やってみたらはまっちゃいました。あのへん散歩するの、楽しいですよ。厚木に来てよかったって。」
そうか、川の向こうの長谷川さんは、毎日あの川を渡って通勤しているんだ。
相模川について話す長谷川が、とても楽しそうな顔をしているので、和子もつられて笑顔になった。

「長谷川さん
土曜日はご馳走様でした。
それにしても、あのパフェ、大きかったですね。
あまりの大きさに、思い出し笑いしてしまいます。。。」

月曜日、薄暗い昼休み。
和子は今週もカップヌードルをすすりながらメールを書いていた。

「和子さん
こちらこそ、ありがとうございました。
パフェは大きさも凄いですが、味も絶品でした!
辛党の和子さんにはちょっと難しいかもしれませんが。」

「長谷川さん
一人であのサイズは、私には、多分無理です(笑)
コーヒー美味しかったので、また行くと思います。いい店教えていただいてありがとうございました。」

「和子さん
では、次に行った時は、半分、自分が食べましょうか。」

次に?
次に二人であの店に行くことなんかあるのだろうか。
再び海老名で、あの酒屋でばったり会ったりするのかな。そうしたらパフェ食べにいくのかな。
でも二年近くそんな偶然無かったんだから、もうないんだろうな。

「長谷川さん
半分といわず、七割くらいお願いしますm(._.)m
そういえばあの日本酒おいしかったですね、飲みました?」

「和子さん
日本酒!美味しかったですね!
店長に言われた通り魚料理にしたくてマグロのアボカドサラダを作ってみました。初挑戦にしては悪くなかったです。なんて自画自賛。あと煮物です。
和子さんはどんなメニューで飲みましたか?」

「長谷川さん
店長に言われた通り、魚です。
スズキのカルパッチョです。あとはマグロを揚げました。
お酒によく合ってましたよ。」

和子は思い出していた。揚げ物をほおばるヒロカズの顔を。
心なしかいつもよりおいしそうに食べていた気もする。
ヒロカズは何を食べてもおいしいと言ってくれる。好き嫌いもなく、本当に何でもおいしく感じているようなので、細かい感想を聞いたことは殆ど無い。
ただ、特においしかった時はなんとなく表情が違って見えるのだ。

「和子さん
おいしそうですね!
マグロの揚げもの挑戦したいので、今度コツ教えてください。」

「長谷川さん
コツ、ありません、気合です。
揚げ物は全て気合です。」

和子は顔をあげて長谷川を見た。なんともいえない爽やかな笑顔で長谷川がこっちを見ていた。
和子も自然と笑顔になってしまい、二人は笑顔のまま数秒見つめ合っていた。
長谷川さん、かっこいいな。
澄んだ瞳に射抜かれたような気がして、和子の喉の奥のほうが、少しだけうずいた。
あわてて軽く会釈をしてディスプレイに視線を落とす。

「また、偶然お会いしたいですね」
和子はメールを書いたが、送信せずに削除ボタンを押した。

何バカなこと書いているんだ、私。

慌ただしく年度末の日々がすぎ、あっという間に四月になった。
人事異動もなく、今年度も長谷川と和子は同じ部署で上司と部下。
二人の昼食時のメールはすっかり日課となっている。
お酒のこと、料理のこと、海老名のこと、小田急線の他愛もない話。話題はつきない。

土曜日になれば和子は海老名に行き、長谷川のことを考えていた。

また、偶然会えないかな。
いやいや、あんな偶然、滅多にないんだから。

自分に言い聞かせながらも無意識に長谷川の姿を期待している自分がそこにいた。
今まで週末といえばヒロカズ以外の人間とろくに会話も交わさずにいた。それはそれで幸福な生活だったが偶然会えた長谷川との楽しい時間がまぶしい思い出になっていた。

帰りにあの喫茶店に寄ってみようかな。
長谷川さんがいるかもしれない。

毎週和子はそんな事をほんの少し思って、結局どこにも寄らず海老名を後にしていた。

その日は雨の土曜日だった。いつもの酒屋に和子は顔を出す。

「あっ、高橋さん!
いらっしゃいませ。お待ちしてました。」
いつものように前掛姿の店長が出迎えてくれた。
「お待ち?してたんですか?」
「そうなんです、これ、高橋さんにプレゼント。」
店長が店の奥から出してきたのは、日本酒だった。ラベルには大きく「相模川」と書いてある。
「えっ、相模川。」
「そうなんです、これ地元のお酒。あの、ほら、長谷川さんがついさっきいらして。是非高橋さんにプレゼントって。」
長谷川さん。
店長の口からその名前が出てくるとは。
和子は、自分の心臓かドクっと音を立てるのを感じ取っていた。
長谷川さんが、さっきまでここにいたなんて。
ああ、もう少し早く家を出ればよかったのに。それにしても、プレゼントって何故だろう。
動揺を店長に悟られないように和子はゆっくりと口を開いた。
「プレゼント?」
「そうです、長谷川さん、二本お買い上げになられて、一本が、こちら。先週もこれお買い上げなさってて美味しかったからリピートだそうで。」
「あれれ、でも何で私にプレゼントなんだろう?」
和子は冷静を装っていたが、心臓の鼓動が止まらなかった。
長谷川さん、さっきここに来て、私の事考えてたんだ。
そしてお酒の名前が相模川。
あの数週間前、喫茶店で相模川の話をしていた長谷川の顔を瞬時に思い出した。そして、とても温かい何かが、和子の喉の奥を満たしていった。

「仕事でいつも頑張ってくれてるからって、お礼だそうですよ。」
店長は満面の笑みで言った。

「長谷川さん
相模川、ごちそうさまでした。
ありがとうございました。
すごいです!感動しました。
いまのところ今年飲んだ日本酒で一番です。
地元にあんなに素敵なメーカーがあるんですね。」

月曜日、和子は出社するなり長谷川と一緒に会議に出席。
顔を合わせた瞬間に直接お礼を言いたかったが、昼休みまで我慢することにした。
誰にも聞かれたくない。

「和子さん
美味しかったですか!
美味しいですよね!
感激したので二週連続で買ってしまいました。先週の某社のトラブルで活躍していただいたお礼です。
和子さんいなかったらキツかったです! 助かりました。
喜んで頂けてなによりです。」

たしかに、日本酒「相模川」は絶妙な味だった。一緒に飲んだヒロカズも気に入ったようだった。
ヒロカズはお酒は何でも美味しいといって飲むし、おそらくそれが本心なのだろけれど、本当に気に入ったお酒を飲んだあとは普段よりセックスが少しだけ丁寧になる。
もともとヒロカズは柔らかく優しく、ゆっくり丁寧なセックスをするが、普段より合間のキスの時間が少しだけ長かったり、体を触る手つきがいつもより緩急に飛んでいたりする。
和子の体に入った後、ヒロカズはいつもすぐ動かずに静止し、しばらく互いの部分を馴染ませる。
土曜日のヒロカズはそのとき、和子の頭を撫でながらとろけるような丁寧なキスをしてくれた。
思い出すと赤面しそうなほどに、優しいキスだった。

彼女でもなければ恋愛感情すら持ってない、そんな自分の体を毎週毎週丁寧に時間をかけて扱ってくれるヒロカズの気持ちに、和子は出来るだけ誠意の籠った行為でヒロカズを満たすことで応じることにしている。ヒロカズがより丁寧なセックスをすれば、和子もより丁寧に応えるのだ。
食事にしても、近所のコンビニで適当に買った安いワインでもヒロカズは多分美味しいと言ってくれる。
でもそれではお互いが満たされない。
気持ちよくなってもらうために、そして気持ちよくなるために、海老名に出向いて良いお酒を準備する。

二人は眠る時、いつもお互いの体のどこかをくっつけて眠る。
抱き合ったり、潜り込んだり、手を繋いだり、背中だったり。
そうしないとどこか足りない気がして、眠れないのだ。
土曜日の和子は、ヒロカズの胸に耳をくっつけて心臓の音を聴きながら眠った。ヒロカズは、和子の体を優しく抱きしめてくれた。
まるで恋人同士のようだが、相変わらず、いびつな関係だった。

「一緒に飲んだ彼も美味しいといってました」
和子はそう書いて、慌ててバックスペースですべて消した。

ヒロカズは、彼氏ではない。

「長谷川さん
あれも店長のオススメですか?」

「和子さん
そうです。
和子さんに似合う地元のお酒ないですかって、店長に相談したんですよ。
また偶然会いたいと思っていたんですが、そう思うとなかなか会わないものですね。」

和子の心臓がきゅっとなった。
私に似合うお酒?
また偶然会いたい?

「長谷川さん
気を使わせてしまってすみません。
たしかに偶然は何度も起こりませんね。
ありがとうございました。」

メールでは冷静を装っていたが、気分が高まり、耳のあたりまでドクドクというのを感じていた。
長谷川さんも、偶然会いたいって、思ってくれたんだ。
わざわざ私の為にお酒まで準備してくれて。
そして、ここ数週間の海老名での無意識に長谷川の姿を探している自分の姿を思い出していた。
必死に自分に言い聞かせてやめようとしても、長谷川に会うことを願って偶然を夢見ていたのだ。
まさか長谷川が同じ気持ちでいてくれたなんて。
ここで自分も会いたかったと告げてしまっていいのだろうか。
和子はさんざん迷ったが気持ちを封印した。
しかし、それに続く長谷川の返信は和子の気持ちを見透かしているかのようだった。

「和子さん
あの相模川のメーカー、海老名で直営レストランやってるらしいです。なかなか評判よさそうなので、よかったらこんどの土曜日にランチ食べに行きませんか?
駅からちょっと歩きますが。」

長谷川の唐突な誘い。
和子は、息を呑んだ。

つづく